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Keiの感想帳

フリーランス翻訳者Keiです。日々、感じたことを書き留めていきます。

小津安二郎~隠された視線~

 2013年12月12日にNHK BSプレミアムで放送された「小津安二郎・没後50年 隠された視線」が面白かったので記しておきます。

初めて小津安二郎監督の作品をみたのは、つい昨年のこと、これもNHKで放送された「東京物語」(1953年製作)でした。

無駄な言葉をすべて排除したようなセリフ、激しい感情表現を極力抑えたような俳優の演技、ローアングルの「定点観測」の映像。
話の筋は特に驚くような大事件が起こるわけでもなく、登場人物の淡々としたセリフ、演技が続きます。

最初は、私が見慣れている最近の映画とはまったく異なる俳優の演技やカメラワークに、好奇心と同時に違和感も覚えつつ見ていました。
ところが、次第に登場人物それぞれの人間性がジワジワと浮き彫りになっていき、引き込まれていきました。見終えたときには、その不思議な味わいが心に残り、他の小津監督作品も見たいと思いました。

その後、「秋刀魚の味」を含む比較的後期の映画をいくつかネットで見ることができました。淡々としたセリフと、定点位置のカメラワーク。同じ俳優が出ていることも多く、映画から受ける印象は同じでした。

作品のテーマは、日常の中での親子の関係や結婚など。時代は違っても普遍のテーマ。
年老いた親と、それぞれ仕事や家庭を持った子供たちの間に流れる微妙な空気、感情のすれ違い、孤独が伝わってきて切なくなります。
それでも、決して悲観的、絶望的な気持ちにはならないのは、登場人物それぞれの年齢、立場ゆえに発せられる”正直な”セリフ、発する言葉はきつく聞こえても根底に流れている情愛が感じられるからかもしれないと思いました。

このドキュメンタリー「小津安二郎・没後50年 隠された視線」では、さまざまな角度から小津作品の魅力の「謎」に迫っていました。

吉田喜重監督は、「当たり前のこと、普通のことを描いている。人生は残酷であり、それに耐えていかないといけない。決して優しさを描いたのではない」と言っています。

女優の香川京子さんは「監督は世の中の流れにはあまり興味がないとおっしゃっていました。人をちゃんと描けば世の中のことは自然に見えてくる、と」

特に作品の映像についての解説が興味深かったです。
小津監督が映画の世界に入った頃はサイレント映画の時代。
そのため、監督は映像を大事にし、各画面を細部まで完璧に仕上げたといいます

映画「彼岸花」の中の”赤いヤカン”。
話が進むにつれてヤカンの位置が変わっていきます。
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映画「お早う」では、ちゃぶ台に置かれた”赤いお椀”。
画面が変わるたびにお椀の位置が変わっていることがわかりました。登場人物の誰かが動かしたという設定ではなく。
監督が画面のつながりよりも1枚1枚の画像の完成度を重視したからだろうと推測されています。

また、「見せることではなく隠すこと」で観客の創造力を活かすという手法も多く使われています。
例えば、「東京物語」の中では、長男の医院や長女の美容院の外観は見せずに看板だけを映す。東京見物に行った老夫婦がビルの階段から景色をながめている後ろ姿だけを映して東京の景色は一切見せられていません。

観客が創造力で隠されている部分を補うことで作品の深みが増すのかもしれません。

私はますます小津作品、特に映像作りに興味が湧き、これから他の作品を観ていくのが楽しみです。ストーリーよりも小道具とか「赤」を追ってしまいそうです。

 f:id:kei-diary:20140309114726j:plain  「彼岸花

 f:id:kei-diary:20140309114513j:plain    「お早う」